登録理美容師

基調講演
私らしく生きるための「美齢ケア」
杉浦 ゆり・学校法人山野学苑評議員(看護師・美容師)
杉浦 ゆり・学校法人山野学苑評議員(看護師・美容師)

はじめに

 私は現在、東京都小金井市で訪問看護ステーション立ち上げのお手伝いをしています。看護師として、佐野美恵子先生らが取り組まれている訪問理美容「杉並の会」と連携しながら訪問看護をしています。そこでは、みなさんの活躍の視野を広げること、こういう活躍の仕方があるのだということを、医療・福祉に関わる人達と美容師がいかに手を取合って、お客様の「私らしく生きる」を創成するか追及しています。お客さまを中心に考え、「私らしく生きる」を支える時、美容師は欠かせない存在だからです。
また、行政は自宅に帰れないような方々まで病院・施設から自宅に戻そうとしていますので、在宅ケアの立場からも、訪問美容師の必要性はますます高まってきます。従って美容師の視点から、他職種の眼を開かせていただき、医療や福祉に新しい風を吹き込んで欲しいと思います。みなさんは現場経験が豊富な方々なので、これからお話する趣旨を汲み取っていただき、挑戦する気持ちになっていただければと思います。

「美齢ケア」とは何でしょうか

みなさんは、「美齢ケア」という言葉について、どのようなイメージを持っているでしょうか。
「人のために自分は何かできるか」という気持ちは、ともすると自己犠牲の上に成り立つケアとなります。美齢ケアは自己犠牲から成るケアではありません。お客様と術者(美容師・医療職・介護職など)がお互いに高め合う関係性が作られるケアであることを知っていただきたいと思います。
華道家の安達曈子先生は、「花を生けること、それは自然のままということではなく。その花らしく輝かせ、その存在の持ち味を壊すものではありません。そして、その行為により自分を高めるものです」との言葉を遺しています。
詩人・作詞家の宮澤章二(1919~2005)さんは、「行為の意味」と題した「詩」で、次のように書いています。
「心」はだれにも見えない/けれど「心遣い」 は見える/「思い」は誰にも見えない/けれど「おもいやり」は見える/あたたかい心もやさしい思いも/行いによってはじめて見える/あたたかい心が/あたたかい行為になり/やさしい思いが/やさしい行為になるとき/「心」も「思い」も/初めて美しく生きる/それは/人が人として生きることだ
心遣いも思いやりも「積極的な行為」なのです。ですから、美齢ケアは、思いを行為にできるツールであり、美齢ケアの行為は、関わる術者(美容師)とお客様双方が、心の表現方法として高められる行為なのです。

私の美齢ケアのはじまり

クリックで拡大

私の美齢ケアのはじまり

私の美齢ケアは、看取りから始まっています。
看護師になって間もない頃、分娩室で勤務していました。本来喜ばしい場であるはずの分娩室ですがその一方、様々な原因で死産と向き合う場でもあります。
ある医師はその赤ちゃんを検体としてご両親にそのまま説明しようとすることがあります。奇形や浮腫み(むくみ)で赤ちゃんとは思えない容姿となっているその状況で、ご両親にその子の可愛い部位を1カ所でも見せたいと思い、可愛い手が残されていればそこに目を向けてもらえるよう花を握らせ、顔の浮腫みを取れば可愛い顎があると思えば顎のラインの浮腫みが取れるように工夫するなど創意工夫しながらご両親に会う準備をしました。
医師の説明の時は、悲しさを堪えていたお母さんがお支度した赤ちゃんを見た時に「わぁ 可愛い!」と笑顔で見つめる姿を忘れる事ができません。
美を用いる事は、悲しみを乗り越える力を後押しすると考えさせられる場面でした。

祖父母の最期に付き添って

クリックで拡大

祖父母の最期に付き添って

私の祖父が亡くなったとき、入院中の祖母は和服で葬儀に参列する事を希望しました。弱っている祖母を車いすに乗せては立たせ、髪を結わき、お互い重労働の末着付けをしました。祖父の葬儀から2週間後に祖母は他界しました。最期の願いは叶えられたかも知れないけど、それが命と引き換えになったと思わされる体験です。最期の願いを笑顔で叶えられる方法と技術、それが「美齢ケア」です。


病院では、お見舞いのお花の手入れをする事があります。お花を生け直す時に、お見舞い持って来られた方の気持ちが伝わると良いのにと華道の嗜みの無い私は残念な思いを抱くことになっていました。山野学苑で、華道・茶道・着付けの伝承美を伝えるには意味が有ります。

訪問看護の場面で

クリックで拡大

訪問看護の場面で

美の価値観(美意識)を知り活用する例を紹介します。102歳女性のお客様Aさん
Aさんは、一人暮らしで退院され、歩く事が困難な方でした。お薬の調整・身体的にも痛みや便秘、保清など看護師の介入が必要な方です。家には絵画教室で教えていた頃の作品が沢山飾られています。
Aさんが何を美しいと感じ感動とトキメキになるかを考え、庭の花を1輪届け、外の景色の写真を届ける事をしました。そして、看護師が絵の生徒となって教えていただくように5分の時間を作るよう心がけ、誰かの役に立っている実感を持ってもらう事を意識しての関わりをするようになりました。
ある日、外の景色の写真を見せました「わぁ!素敵!」と目を輝かせて、その絵を描きはじめました。そこから、絵の題材を探しにお庭に出るようになり、少しずつ歩けるようになり、描きたい絵の題材を探しに出るようになっていきました。
このような状況を作れたのは、身体のケアと美を用いたケアが成せる業です。
お客様も看護師もお互いに「ありがとう」の気持ちを持てるケアが、お互いを高めあう「美齢ケア」の姿です。私が私らしく生きる為、お客様がその人らしく生きる為、人と人との関わりから生まれるケアです。

訪問健美理美容・すぎなみとの連携

お身体が不自由な方、痛みのコントロールが必要な方は、医療職との連携が必要となります。痛みの調整や触れてはいけない部位、安楽な姿勢など協力があれば苦痛を和らげた状態で美容行為を受ける事ができます。
訪問美容をお願いした方々の例として、
・老人ホームに入所するために依頼:入所日にどのような印象をホームの方々に持ってもらえるかでどのように扱われるかが変わってくることがあります。90歳でも髪を染めていた方は、その人らしさは髪を染めて生活し続ける事を印象付ける必要があります。
・長い期間。洗髪できず髪が固まってしまった方、シャンプーできる髪にカットしていただきました。
・1ヵ月の余命宣告された女性。遺影の写真が無い事を気にかけていました。車いす対応の着付けとヘアメイクをお願いしました。医療者はそれに合わせて、痛み止めの時間を調整し連携を取りました。
その他、毎週美容室に行っていらした方、入院し「私おかしくない?」と枕の形に押された髪型を気にされて、表情を失っていきました。病院にも訪問美容に出向いて欲しいと願い叶わなかったケースです。

美齢ケアの対象者

お互いが輝き合う関係であるため、術者である私自身が対象者。
そして、これからは、自分らしく美しく枯れていくために手を差し伸べる事を必要としているお客様
QOD(Quality of Dying, Quality of Death)
お客様の幕引きに関われる美容師が在宅では求められています。自分らしく生き抜きフィナーレをも手を差し伸べてくれる美容師が育つ事を願います。

医療・介護と美容師の連携

お互いに分かり合える技術や重なり合える事を持つことです。
医療・介護職では、保清ケア(身体の汚れを落とす)ことは身体の衛生面で行う行為となります。
美容師が同じことをするとき、より意識するのは“綺麗さっぱり気持ちよく”癒しの手。単に汚れを落とす行為ではないはずです。ヘア・メイク・ネイル・オイルマッサージをするにも、身体が汚れたままでは行いません、身体を綺麗にする行為に心地よさ癒しの手を添える事で、この人に触れて欲しい、寄り添うことのできるが美齢ケアを実践している美容師です。身体が不自由になると残された感覚が鋭くなると感じます、健康な人はむしろ鈍感であると意識すべきです。自身に悩みや気持ちが沈んでいる時、いつも通り笑顔で接していても、お客様に触れた途端に「どうしたの?」と手から伝えてしまう体験を多くしてきました。術者自身が満たされてこそ手から伝えるケアとなるのです。
美容師が行う癒しの手、その技を発揮するためには、術者自身の心身を整えること、お客様の身体状況の情報が必須となります。
医療・介護職とのコミュニケーションを取る書式として「身体状況の情報収集」「生活歴・生きて来られたご様子」など他職種との重なり合う関係を作る事をお勧めします。
医療者は美容師が介入しやすくするために、身体状況を整える工夫をすることができます。
明日亡くなるかも知れない方にとって、やり直しのチャンスが無い相手かもしれないのです。最期の希望を叶える事ができる美容師、そのスキルを高めていく喜びを学ぶために山野で「美齢学」を構築して欲しいと思います。
他職種に、生きるほどに美しくあり続けるすばらしさを伝える美齢ケアであって欲しいと願います。

「私もあなたも」私らしく生きるため

与えるばかりが美齢ケアでは無く、自己犠牲の上に美齢ケアはありません。
お客様が諦めていたことを、諦めなくてよいケアを提供できる。思ってもいなかったサービスを受ける体験は、術者とそのケアを受けるお客様との関係は、喜びと感動、トキメキの感情が伴います。
喜びと感動を伴う関わりの循環が美齢ケアであり、お互いの自己実現あっての美齢ケアです。


=美齢ケア=構築の課題として


・お客様の美意識に寄り添い、美しいと感じる心を用いる事
・個人がその人らしく、美しく齢を重ねるための関わり
・心地よさの提供を 職種を超えた協力体制で作る
・お互いの幸せになるための仕組みを作る
そこに美齢ケアの未来を感じます。


=美齢=


五感を心地よく刺激するもの
人と人とを近づけ、絆を深めるためのもの
その人らしく生きる事を応援するもの
その人らしくフィナーレを飾るもの
その人の生命を尊ぶもの
自己実現(自分の幸せ)を叶えるもの

言葉が通じなくても美しいと感じる心は通じ合えます。
世界の心を結ぶのが美を用いる仕事の素晴らしい特権でありそれを誇りとしていきたいと思います。

※術者とは、(美容師・医療職・介護職 他)、美齢ケアを実践する者。今回は美容師対象とします。

理美容福祉の必需品
  • すいコ〜ム
  • ハッピーシャンプー