大西 典子(おおにし・のりこ)
山野美容芸術短期大学美容福祉事業研究センター長
「美容福祉」の背景
皆様の「美容福祉」の実践は、「山野の美容福祉」という老舗の持つブランド力を持っています。
そのブランド力と現状を正確に理解していただきたく「美容福祉」の歴史をもう一度お話ししていきたいと思います。
1998年に山野正義・学校法人山野学苑総長によって「美容福祉」という言葉が創られました。
山野正義は「美容福祉」は、高齢者、障がい者の要介護者、介護者の人間性が尊重され、生活が充実するためには、介護を中心にしながら広くすべての国民を視野に入れて、健康面に配慮しつつ“身だしなみ”“おしゃれ”としての諸行為を積極的に取り入れ、高齢者、障がい者の自立、個性豊かな生活を達成するという新しい社会福祉のあり方であるとしています。
またそのうえで経済的な面での福祉の充実と心理、精神的な面での充実を図ること、そのための人材育成と実践の構築の必要性についても、すでに1999年の日本美容福祉学会設立に際して言及しています。(山野正義「ジェロントロジー」2015)
ソーシャルビジネスとは何か
さて、では本日のテーマにありますソーシャルビジネスについて、経済産業省のソーシャルビジネス定義から見ていきましょう。
簡単にまとめるとソーシャルビジネスとは、①市場を社会的な課題、つまり超高齢社会はもちろん、少子化、まちづくりなどの多義にわたる課題に対して、②社会保障で対応しきれなくなった今、経済的自立型のビジネスを手段に取り組むことです。
つまり、まさに今皆様が取り組んでいらっしゃる、美容事業そのものがソーシャルビジネスなのです。ソーシャルビジネスは、①社会性、②事業性、③革新性を含むものと経済産業省の資料では定義されており、②事業性という意味においては、無償のボランティアや慈善活動とは異なります。もちろん無償のボランティアや慈善活動は重要な意味がありますが、今考えなければならないのは社会課題に取り組む皆様の活動が継続されることそして、より質の高いケアをお客様に提供できるようにすることです。そのためには、社会的課題に取り組むというミッションに向け、店舗や訪問美容という事業で経済を循環させられるソーシャルビジネスについて、特にビジネスの部分について考えていくことも重要です。
今皆様が抱えている大きな課題は、対応が求められる社会課題は増えており、ニーズも増大しているにもかかわらず、店舗経営がどんどん難しくなってきているという点です。
今こそ、美容福祉の価値を高めなければなりません。特に具体的に今回経済的価値について、価格を例にして考えていきましょう。
美容福祉の社会的な意義と目的
価格のお話の前に、皆さんに美容福祉の意義をもう一度思い出していただきたいのです。価格に見合う価値があることを皆さんがきちんと理解していなければ、価格も価値も上がりません。
まず、高齢者の自立度の低下の要因のひとつは「活動性の低下」です。こんな時、定期的に自ら進んでいきたいと思い続ける美容室があれば、外出という活動の継続と美容師とおしゃべりするという社会交流が続けられることになります。これは重要な自立度の低下を予防する手段になるのです。現在の社会保障の削減にもつながり、社会経済についても大変意義のあることなのです。
また、厚生労働省は、現代人の心理・社会的ストレスの増大を懸念し、昨年2015年12月にストレスチェック制度を開始し、その対策に日頃から趣味・生きがいを持つということや周囲の人に話すことを勧めています。特に近年有効性が認められている「触れるケア」ともなり、ストレスケアの要素を含む美容は重要です。
値段の違いで生じる差
では価格の話に入りましょう。さてこのマグロのお寿司一方は、時価、もう一方は100円となっています。これを見て、皆さんはどう感じますか?たぶん思い描いたお店も違いますね。どんな時どちらを利用しますか?
そうですね、100円のお寿司はたぶん回転寿し屋さんでしょうか。時価のお店に比べると優先するのはおなかを満たしたいが大きいですね。時価は、たぶんおなかを満たしたいというより「頑張った自分にご褒美」とか言って心を満たしたい方が大きいのではないでしょうか。そしてきっと、時価のお店は、素材にもこだわりがあるでしょうし、きっと店の雰囲気や職人の技術も回転寿し屋さんと同じではないはずですよね。ということで、お客様のニーズや期待も違います。
そして、もう一つそれを提供する職人の心意気と事業者の方針も違うはずです。ここで考えたいのは、利益を上げている回転寿し屋さんのように薄利多売ができるのは、都市部の人口の多い豊富な経営資源のある大量生産、大量販売が可能なところといった条件が必要です。
成熟時代と言われる現在、競争相手が多い時代、美容業界も同じです。薄利多売を考えるのは、リスクが高いのではないでしょうか。
特に、皆様の取り組んでいらっしゃることは、社会的ミッションを含んだ価値ある事業です。従って、高品質・適正価格を目指すべきでしょう。特に今重要なのは、皆様の心意気です。価格がそれなりに高ければ、そこに向けて質を向上しようという気持ちも持続するはずです。
そしてそれは結果的に、お客様は皆さんの美容福祉には意味があると感じ、心が満たされると感じる、顧客満足につながるのです。
価値を見直すサービス、付加価値にできるもの
今、価値を見直すサービスや付加価値にできるものには、次のようなものがあります。サービス提供事業としては、訪問美容、また店舗事業でも先ほどお話ししたストレスケアに関わるケア。また、お客様がご自分で行うアクティビティの一環としての美容講座、他にもこういった人材育成を行う教育システムやがんサバイバーなどに対応する新しい医療や福祉への連携の仕方などです。ではここで美容講座のグッドプラクティスの例を見ていきましょう。
佐野美恵子先生(NPO全国介護理美容福祉協会理事・登録美容師)が行っている美容講座です。某有料老人ホームで行われたものですが、フェイシャルケアに皮膚だけではなく、身体機能の老化を予防するエクササイズを入れていらっしゃいます。また、トリートメントは、できるだけ自分でも続けられる方法を考えられていますが、特に、ところどころで「肌がしっとりしてきましたね」など触れた時の変化を伝えることで実感できるようにしたり、ぜひ「次回はモデルになっていただけますか?」などのお客様のプライドをくすぐるような言葉かけをされています。これにより参加者はうれしくなりますし、このケアが自分のためになくてはならないと思われるポイントだと思います。
また、五感に配慮した環境設定、花の絵を飾ったり、施設に音楽の依頼をしたり、ただここにコストをあまりかけません。重要なのは、パック剤の品質です。高齢者の肌の特性を考慮し、ここにコストをかけます。そして、ふき取り用タオルは温度が勝負なので、すでにホットタオルを用意したホットキャビンを持参していきます。お客様の満足度を高めるポイントです。この有料老人ホームは佐野先生のおかげで、美肌の高齢者が多いと評判になっています。すでにここでは、なくてはならないと思われている美容講座です。
サービスの質の保証
さて、佐野先生のような、サービスを提供し続けるためには一人一人のお客様に、価格に見合う質が保証され続けることが重要です。質を保障するためには次のようなことが重要になってきます。
①適切なカウンセリングと傾聴によりどのようなケアや配慮が必要かを常に考えていること
②お客様のニーズに合った選択がされること、またお客様も自分が選んだと思えること(押しつけは禁物)
③お客様の反応を見ながら実施、表情や反応から声のかけ方や方法を調整
④必ず反応の気になったところは、その場で確認
⑤できるだけお客様個々のカルテなどをつくり、書き込んでおく(個人情報の取り扱いには注意)
とくに皆様が対象とするお客様は、リスクの高い方々であるためこのカルテは重要です。また、対応もできるだけ一人で対処しようとせず、様々な周りのスタッフや人も巻き込んでいくことです。これが今後チームで動く医療や福祉の現場では重要になってくるからです。佐野先生の時も、手の痛みがあるとおっしゃっている方の手に触ろうとはされず、施設スタッフに任せて進行されています。こういった慎重な対応が安全や安心の重要なポイントです。
「山野の美容福祉だから信頼できる」というブランド
皆様お一人お一人がお客様一人一人に、価値を発信し続ければ、それは更にお客様の安心と信頼につながります。そしてこれがなくては調子が出ない、という位のなくてはならないものになってきたら、その価格は納得の価格になってくるでしょう。
お客様一人の信頼を得ることは重要です。そのためには、安心につながるリスク管理も重要です。先ほども述べましたように美容福祉がかかわっている対象は、リスクの高い人たちだということです。高齢者は皮膚も薄く、骨ももろい。事故が起これば、すぐに信頼は崩れます。だから勉強しているのです。だからお互いのネットワークももちろんですが他分野の人たちとのネットワークも大切にしていき、常に質が保てることを心がけましょう。またお客様自身もこのネットワークに入れば、お客様自身が価値を理解し成長することにもなります。これは杉本剛英先生(NPO全国介護理美容福祉協会理事・登録美容師)が進めている、お客様も勉強会に誘ってしまうという方法のことです。このようにして皆様自身が山野の新たなブランド力になっていくのです。「山野なら信頼できる」という。
新たなブランド力にするためのコンセンサス
美容福祉事業は、ソーシャルビジネスであること、そして皆様お一人お一人が新たな山野の価値ある美容福祉のブランド力になるということをご理解いただけましたでしょうか。このブランド力を高めるためにコンセンサスを取っておきたいことは以下の3点です。
1)まず、お一人お一人のお客様の満足を目指すことは重要ですが、その先の大きなミッションとして、「超高齢社会の今を『生きるほどに美しく』と感じられる豊かな社会にすること」があるということです。
2)皆様の強みは、美容界の老舗の山野が始めた美容福祉です。そして多角的な視点と技術、おもてなし力を高めるために勉強し続けている人たちだということです。
3)お客様に価値を発信していくには、皆様の言葉で伝える魅力的なエピソードです。お客様とのつながりによって感動が生まれたり心が温かくなったり、そんな魅力的なエピソードは皆さんが創ります。もちろん、多くの仲間や様々な立場で美容福祉に関わっている人たちの魅力的な価値あるエピソードも共有していきましょう。
皆様と共に「山野の美容福祉だから安心と信頼があり、価値がある」をつくるために、山野美容芸術短期大学 美容福祉事業研究センターは取り組んでいきたいと思います。
参考資料)
1)山野正義 ジェロントロジー IN通信社 2015
2)新しい公共と ソーシャルビジネス、コミュニティビジネス - 内閣府(Adobe PDF)2016
3)改正労働安全衛生法のポイント(ストレスチェック制度関連)|こころの耳 2016
4)安売りをやめて価値を伝える値決めの技術 商業界 2015/10 特大号