登録理美容師

美容福祉から美齢学へ
木村 康一
木村 康一 山野美容芸術短期大学副学長

美容福祉の概念が生まれた背景

 かつてどの国も経験したことのない勢いで高齢化が進む我が国では、65歳以上の高齢者人口は27%を超え、福祉をめぐる状況も大きく変化してきています。憲法第25条には「文化的最低限度の生活の保障」をうたっていますので、髪を切ったりする「整容」の概念が生まれてきました。しかしながら皆さんもよくご存じですが、その内容は「髪は施設カット」と呼ばれるような他律的、一律的に行われるものでした。着るものも同様に、ユニフォームであったことが散見されました。
こうしたなか、「美容にはその人の生きるに貢献できる力がある」という考えの確信のもと、生活に支援や介護が必要な方々に対しても「より積極的に生き」「幸福感を追求する」といった、いわばQOLの向上を図る生活の保障を追求すべく、「美容福祉」という概念を創出し、世に問う形でスタートしたのが「日本美容福祉学会」です。1999(平成11)年のことでした。
その後美容福祉に関する研究が進むとともに、全国的に訪問理美容の活動が大きく広がっていくこととなりました。その一方、美容に直接的に関わっておられる皆さんですから、各福祉施設からボランティアの要請がたくさんあることも、有料化になったとしても比較的廉価であることをご存じです。

統計にみる現代社会と

これからの超高齢社会


 日本の現状とこれからの社会を統計的に少し追ってみましょう。
まず平均寿命は男女とも80歳を超えてきました。各年齢の平均余命を紹介しますと男性では70歳で15年、80歳で8年、90歳で4年、100歳で2年です。女性では70歳で19年、80歳で11年、90歳で5年、100歳で3年と発表されています。ご高齢になられるほど男女差が縮んでいることに気づきます。これは、平均寿命は女性の方が長いのですが、実は男性の10%はいくつになっても生活に支援の必要でない方がいらっしゃるということです。つまり元気なおじいちゃんはいつまでも元気ということを意味します。ちなみに全国で100歳以上の方はすでに7万人を超えています。
こうしたこれからの高齢者の特徴をあげますと、一つ目は生活に支援を必要とされる方は全体の10%ほどしかいないということです。これは美容福祉の対象者は、10%ほどに留まることを意味します。
二つ目は自分への投資は惜しまないという消費体験をされてこられた方が多い世代であり、現預金額のトータルは国家予算の数年分以上を保有されているということです。
三つ目は「健やかで美しくありたい」との願いが強いということです。四つ目は学ぶ意欲が高いのです。まとめますと、これからの高齢者は、自らが健やかに美しく生きていくための学びとそれらへの投資は惜しまない世代であるということです。

美齢学の概念

このようにこれからの社会を展望しますと、生活に支援や介護が必要な方々を主な対象としてきました「美容福祉」から、ますます高齢化が進む社会のニーズを踏まえ、すべての方々を対象とする学問体系への発展が望まれてくることを意味します。こうして産声をあげようとしているのが『美齢学』です。
では現段階での概念を少々紹介いたします。以下の通りです。
「美齢学は、高齢社会を正しく把握するための学際的学問であるジェロントロジーを構成するすべての領域に、美意識の概念を加え、もってすべての人の豊かな生活に貢献する学際的、実践的学問である。」
イメージ的には「ジェロントロジー+美意識=美齢学」、「美齢学は美容福祉を含む」となります。領域はありとあらゆる領域からのアプローチがあり得ますが、美容に携わる者としましては、美容領域における美齢学を探求し実践するとともに、他領域との連携を模索していくことが求められるということになります。その際のケアを「美齢ケア(ビューティフルエイジングケア)」と呼びます。ちなみに目する機会もあります「ユニバーサルデザイン」、「ユニバーサルファッション」、「ユニバーサルカラー」、「バリアフリーツアー」といった言葉もそれぞれの領域で美意識が意識された概念であるとみることができます。

美齢学構築の過程で行うこと

次に美齢学を構築していく過程で行うべきことを、美容領域において探求し、実践していく視点でまとめてみます。必要な基軸は「研究」、「事業化」、「教育」であろうと捉えています。「研究」に関しましては、その目的は「事業化」や「教育」への展開を見据えたエビデンスの収集であります。
これまで皆さんが取り組まれてこられた研究はすべて包含されるのはもちろんですが、さらに次の基軸である「事業化」の在り方や他領域とのコラボレーションの在り方も、今後の大きな研究テーマと位置付けられるでしょう。
「事業化」のメインは健やかで美しく生きるための学びの場の提供です。階層的には以下に述べるとおり、4段階を想定します。


①美齢学の基礎を理解した人の育成
これは美容領域やその関連領域での教育、及び公開講座等を想定しています。

②美齢セルフケアできる人の養成
公開講座の場や地域に展開する理美容所において、美齢セルフケアを自分できる人の育成を有料で実施することを想定しています。

③美齢ケアを人に対してできる人の育成
美齢ケアを有料で提供できる理美容師、エステティシャン、ネイリスト等の人材育成講座を有料で実施することを想定しており、美容家のキャリアアップのイメージです。

④美齢ケアを人に対してできる人を育成・指導できる講師の育成
育成、指導できる講師の育成講座を有料で実施することを想定しており、美容家のさらなるキャリアアップのイメージです。

以上のようなイメージのモデルケースづくりを手始めとして、その後全国展開を図っていくことができるよう、皆さん方にも協力を仰ぎたく思います。その際に大切なポイントはエビデンス(証拠、検証結果)に裏付けられた高い付加価値を意識していくことだと思います。
「教育」につきましては、先ほどの美齢学の基礎を理解した人の育成、美齢ケアを人に対してできる人の育成、そして美齢ケアを人に対してできる人を育成・指導できる講師の育成を美容関連の高等教育機関や専門学校において教育課程として位置づけていきたいと考えています。実際の教育内容に関する検討は始まっています。

「健やかさ」の捉え方と

ヘルスプロモーション


 さて、先ほどから「健やかさ」や「美しさ」という言葉を使ってまいりました。ここでこれらの言葉を整理しておきたいと思います。
 世界で最も有名でかつよく使われている健康に関する定義は1948年に採択されたWHOによる健康憲章の前文にある「健康とは身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態であって、単に疾病や虚弱が無いというだけではない」です。しかしよくよく解釈してみますと、あまりにも健康の条件が厳しすぎ、ほとんどの人が享受できない状態となってしまうため、今では目指すべき究極の目標として捉えることが多いのです。ちなみに、虫歯があったり、視力が弱いというだけでもWHOのいう健康ではなくなってしまうということです。なかなか厳しいですね。
そこで健康をある状態として捉えるのではなく、つまり健康であるのか、そうではないのかというような二者択一的に捉えるのではなく、連続的に変化をしていく「レベル」として捉える考え方がなされるようになってきています。これもWHOが提唱しましたヘルスプロモーションという考え方です。
このような捉え方をするメリットは、通院中や入院中の人も含めたいかなるレベルの人でも、そのレベルから少しでもレベルを上げることができた時に、人は幸福を感じることができる点にあるといえます。このように捉えると健康の課題がすべての人のものとなり、そして健康のレベルを上げることは、すべての人の願いとなっていくことでしょう。実際に65歳以上の方へのアンケート調査で、「今後どのように生きていきたいですか?」の質問に対し、「より健康的に生きていきたい」との回答が90数%にのぼっています。
 ただし、健康のレベルを上げることは、決して人生の最終目的ではありません。あくまでも手段です。健康のレベルを維持したり、上げることができれば、おいしいものを食べることができたり、行きたいところへ旅行に出かけたり、仲間と一緒にスポーツを楽しんだり、孫と一緒に遊んだりと、したいことの可能性がどんどん広がっていきます。こうした行動の延長上に、二次的幸福感があるのでしょう。

「美しさ」の捉え方と

ビューティプロモーション


 では試みに「美しさ」を先ほどの健康の定義に当てはめてみるとどうなるでしょう。「美しいとは容貌的、スタイル的、ファッション的に完全に良好な状態であって、単に醜くないとか不細工ではないというだけではない」という具合になってしまいます。これではやはり「美しさ」を手に入れるのは難しくなってしまいます。
 そこで「美しさ」もレベルで捉えてみるとどうでしょうか。「美しさ」の課題がすべての人のものになります。つまり、人それぞれの「美しさ」のレベルからそのレベルアップができれば、その人は幸せを感じることができるということです。
そして「健やかさ」と同じように、美しくなること自体は目的ではないと思うのです。美しさのレベルが上がりますと、人には安堵感や覚醒感などが生まれ、他の人にはどのように見えるのだろうという意識から、人に会ったり、出かけたりしたいという心理が生まれてきます。まさに社会性の芽生えですね。会話が弾む様子も目に浮かびます。ここに、髪を整えたり、お化粧をしたり、ネイルを整えたりといった美容の最大の意義があるのではないでしょうか。こうした考え方を「ビューティプロモーション」と呼ぶことを提案していこうと思っております。
 このように「健やかさ」も「美しさ」も、そのレベルアップは決して人生の目的として捉えるのではなく、あくまでも手段の一つと捉えて追及すべきでしょう。しかし「健やかさ」や「美しさ」のレベルをあげようとすると、自分でできなかったり、限界があったり、あるいはあきらめている場合もあります。こうした場合には、これらを理解しサポートする人材の育成や確保、環境の整備が大切になってくると思います。

美齢ケアを高付加価値にするために

大切なこと


 最終的には、人材の育成や環境整備を行い、生業として成り立たせていくことが大切な目標となるでしょう。そのためには、福祉の現場で行われていたボランティア的美容サービスは「人の生きるに貢献できる」を立証してきた役割を終えたと捉えて、次のステップ、すなわち高い付加価値を伴った美齢ケアとして進化させる段階に突入したと捉えていくべきではないでしょうか。
 いつまでもボランティア的に美容サービスが提供され続けた場合のデメリットが確実にあります。利用者側のデメリットは、ボランティアだから言いたいことが言えない、つまり要望を伝えにくくなり、結果として心理的満足度が下がる結果になりかねません。一方、サービスの提供者側は、効率が優先的になり個人を無視した緊張感を欠く一律的なサービスに陥りやすくなるとともに、経済的な面も含んだ体力の低下を招き、そもそもの継続性に課題が出てくる可能性があります。
 だからといって、有料化すれば解決というわけでもありません。美齢ケアを展開する際に最も大切な視点は目の前のお客様が何をどのくらいお望みであるのかを正しく把握しようとする姿勢です。一言でいうならばホスピタリティでしょう。個別性を大切に一人一人のニーズをきめ細かく、そして正しく把握して満足いただきたいという思いとその実践ですね。
「美容には人の生きるに貢献できる力がある」と言っても、美容のサービスを望んでいない人に無理やり提供してもストレスとなる場合があります。美容福祉の最前線で活躍されている皆さんは、すでに身につけておられる力でありますので、釈迦に説法で申し訳ありません。
 ちなみに、最近世界のあちこちで、髪は日本人にカットして欲しいというニーズが拡がっているとのことです。お客様から「お任せで…」と言われた際の対応が、日本人は違うようです。外国人の場合は、待ってましたとばかりに自分の表現したい方向でスタイリッシュに作り上げる傾向があるのに対し、日本人は何気ないコミュニケーションの中で、お客様のこだわり…、たとえば前髪の長さ等を引き出して施術をしますので、結果としてお客様が描いている方向で仕上がるというのです。世界が日本人から買いたいものの一つはホスピタリティであるというお話もうなずけますね。

経済産業省の次世代ヘルスケア

 もう一つの付加価値は、美容はヘルスケアに貢献できるという考え方です。経済産業省は次世代のヘルスケアに関する取り組みに助成する事業を展開しています。美容領域からの貢献は十分にあるという視点から3件がその助成事業として採択されています。3件の共通点に「今までボランティアあるいはそれに近い形で提供されていたサービスを有料化し、利用者の自費とすること」があげられます。まさに美齢ケアを推進しようとしている私たちの方向性と合致しています。
 なお、次回の日本美容福祉学会学術集会では大会テーマ「美しく生きる社会を目指して」のもと、シンポジウム「次世代ヘルスケア産業としての美容への期待」に経済産業省ヘルスケア産業課の方がシンポジストとして参加されるそうです。ご案内まで…。

地方創生は美容の分野から

 「美容福祉から美齢学へ」のテーマで話して参りました。美齢学の構築と展開は、その地域を明るく元気にし、経済の活性化にもつながります。「地方創生は美容の分野から…」は可能かもしれませんね。
 ご清聴ありがとうございました。



全国各地で進む「あいサポート」運動

訪問理美容の推進と合わせて普及を
全国各地で進む「あいサポート」運動

美容福祉の概念が生まれた背景

昨年の第9回登録理美容師のつどいで鳥取県の北川泰子さんが紹介した「あいサポート」運動が全国各地で広がっていますので、現状を報告します。
 この運動は、「障がいのある方が暮らしやすい地域社会をつくろう」との目的で、鳥取県が2009年に提唱して、全国に広めている運動です。これまでの日本社会には、障がい者にとって、建物などの物理的な、利用しにくい制度的な、偏見などの意識的な、さまざまなバリア(障壁)がありました。
 日本政府が2007年に「障害者権利条約」に署名したことによって、障がい者も障がいのない人と同じように生活できるようにするべきだとして、物理的、制度的な改革が行われるようになっています。
 このような社会的な進歩に対応して提唱された「あいサポート」運動は、「障がい者を理解し、声をかけ、手助けをしよう」との宣言のもとで、「あいサポート研修」を全国の企業や団体に呼びかけています。これまでに鳥取県をはじめ、島根、長野、奈良、岡山、広島、山口、和歌山など各県で「あいサポーター」は約37万人、企業・団体は1300団体を超えています。
 「あいサポート」運動は、障がい者への訪問理美容の推進に参考になりますので、NPO全国介護理美容福祉協会としても協力していきたいと考えます。


山野学苑はこの運動に積極的に賛同し、山野愛子ジェーン理事長が「あいサポート大使」を委嘱され、また山野学苑は団体としてもスーパーパートナー認定を受け、学生たちは「あいサポートバッジ」を着けて活動に取り組んでいます。
 今年2月14日、平井伸治鳥取県知事が山野学苑を訪れ、山野愛子ジェーン理事長「あいサポート団体認定証」を贈りました。

理美容福祉の必需品
  • すいコ〜ム
  • ハッピーシャンプー