第10回 登録理美容師の集い
北村 秀敏 学校法人山野学苑法人事務局長
はじめに
今年の7月21日、理美容ニュースが「出張理美容で死亡事故」のタイトルで、朝日新聞電子版が2017年7月21日に報道した次のような記事を紹介しました。
愛知県東郷町の特別養護老人ホームで「出張理美容」専用車輌に、入所者の60代男性が乗り込む際、自動昇降リフトから車椅子ごと転落し、その後、死亡する事故が起きた、という。出張理美容業者(30代の男性理容師)の安全対策が不十分だった可能性もあるとみて、愛知県警は業務上過失致死の疑いで慎重に捜査している。
事故が発生したのは6月19日。朝日新聞電子版では、県警への取材をもとに事故発生時の状況を詳しく伝えているが、リフト定員が2名のところ3名が乗っていたことや、ストッパーが不完全だった疑いもあることなどが指摘されている。入所者の男性は約70センチの高さから車椅子ごと転落し、その後7月6日に死亡した。
という内容です。
日本の超高齢社会は世界に類を見ない速さで訪れ、推移することにより、訪問理美容に対する社会的ニーズも急速に高まるとともに、衛生(安心・安全・安楽)の確保が求められています。
そのために、私は、山野学苑が開催している「美容福祉技術講習」で「関係法規・制度」の講義を担当しています。訪問理美容に携わる方々をはじめ、美容福祉に関心を持つ方々は、訪問理美容に関する法律的な知識・課題について、正確に理解しておくことが不可欠です。以下、現状と課題をお話します。
1.憲法と理容師法・美容師法
ご承知のように日本は「法治国家」です。憲法を最高法規とする日本の法体系の基礎を理解しておくことは、訪問理美容の際に不測の事態が発生したときなどに、あわてずに対応できる基礎知識になります。また理容師法美容師法の成立過程と時代背景を理解しておくことによって、お客様に的確なアドバイスやコミュニケーションが可能となります。その視点からいくつか紹介します。
最初に、法制度について確認しておきたいと思います。昔は「殺すなかれ・傷つけることなかれ・盗むことなかれ」で国が治められたよき時代だったようですが、現代では、狡賢い者、暴力で人を押しのける者が善良な者に迷惑をかけることが多く、価値観が多様化・複雑化しています。
このような現代では、我々が社会生活を営むうえで共通の行動評価のよりどころとなる社会規範が必要となります。そしてその規範は、道徳・習慣・宗教的な教えとは異なり、国家権力を背景として強制力がなければなりません。

現在わが国では、憲法を最高法規として、条約、法律、命令などの各形式の法が位置づけられています。そして、憲法第25条では「国は生存権と社会福祉・社会保障・公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とされています。理美容は、この憲法25条に基づいて、すべての国民が健康で文化的な生活をおくることができるための仕事であるのです。
公衆衛生の向上及び増進に係る衛生法規体系で、理容師・美容師法は生活衛生法規に分類されています。
法は、国民から選ばれた国会議員、内閣府の発議により、国会の場で可決・成立し国民に公布、施行となります。
理容師法は戦後の政治・経済が混沌としていた昭和22年12月に制定され、同23年1月に施行されました。昭和26年には、法律の名称を「理容師美容師法」に改正、理美容所以外での業務の制限の制度を導入、無試験制度が廃止されました。
「美容師法」が独立
昭和32年6月、理容師美容師法から分離して成立した美容師法制定の趣旨について、厚生省は各都道府県知事に事務次官通知として、次のように通達しています。
近時、文化生活の進展とともに、美容業もより高度の知識と技術を要求せられ、その内容において理容業とはかなり相違した面を生ずるに至っており、これがため、美容業を従前の理容師美容師法によって理容業とともに一括規制することは、最近の実態にかんがみて斯業の発展を阻害するおそれがあるのみならず、保健衛生上の立場からも幾多の不便を生ずる憂いなしとしないので、美容業に対し、理容業とは別個の法体系の下において規制を図ろうとする趣旨に基づき、美容師法が制定されたものであること。
なお、今回の法制定は、さしあたり、美容業及び理容業についてそれぞれ個別の法体系を確立することに主眼が置かれた関係からして、次に掲げる部分を除き、原則的には旧法に規定する制度内容が踏襲され、従って美容業及び理容業両者の制度内容を対比した場合、その大綱については差異がないものであることとなっています。
2.訪問理美容に関する法的根拠
理容師法・美容師法においては、理・美容所以外の場所において理・美容の業を行うことは、昭和26年の法改正で原則禁止されています。しかし、疾病その他の理由などによって理・美容所へ来ることができない者まで禁止されている訳ではありません。
訪問理美容は原則禁止ですが、例外を認めています。その法的位置づけは上記の通りです。高齢化が進む現状では、理容師法・美容師法を改正すべきですが、現時点では例外規定になっていますので、これを遵守することが大切です。
例外規定ですが、都道府県等によって地域特性がありますので、それに対応できるように、独自に条例・規則を制定しています。訪問理美容を行う際は、お客さまがお住まいの都道府県等の条例・規則をよく理解して取り組んでください。
各都道府県等の特性を生かした条例の例としては、「災害時の被災者への訪問理美容」が可能な県として、滋賀県・京都府・和歌山県・兵庫県・岡山県・島根県・広島県・愛媛県などがあります。これは平成7年に発生した阪神淡路の大震災を契機として改正されたものと私は理解しています。
また、「船舶の乗組員への訪問理美容」が可能な県もあります。福島県・千葉県・神奈川県・広島県・名古屋市です。
訪問理美容実施にあたって届出が必要な府県と条件は図のようになっています。
3.衛生に関する法的根拠
理美容師法は言うまでもなく衛生法規ですから施術の際に講ずべき必要な措置について法律では、下記のように、〇皮ふに接する布片・器具を清潔に保つ、〇皮ふに接する布片を客1人ごとに取り替え、〇皮ふに接する器具を客1人ごとに消毒、〇都道府県などが条例で定める衛生上必要な措置を講ずるとしています。
都道府県等が条例で定める衛生上必要な措置については、平成23年に制定された地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律に基づき、理美容師法の一部改正として、都道府県などから保健所を設置する市及び特別区へ移譲することとなっています。
ユニークな条例の例として、施術の際に酒・タバコを禁止する県は、青森県・福島県・栃木県・茨城県・石川県・岐阜県・福井県・愛知県・奈良県・鳥取県・宮崎県・鹿児島県があります。
また、耳毛・鼻毛剃りを禁止している県は、奈良県・兵庫県・徳島県があります。
平成19年10月、に厚労省は下記の「出張理容・出張美容に関する衛生管理要領について」を都道府県知事等へ通知しました。
今後、各都道府県などはこの助言に沿った法の整備を行うことが予想されます。
4.Q&A
訪問理美容の実施にあたっては、さまざまな疑問や問題点があります。それらのうち共通してだされている問題点について、多くの理美容師が質問される次の事案について、Q&Aで紹介します。

5.おわりに
法令・条例を遵守(コンプライアンス)した訪問理・美容サービスが、高齢者・障がい者の生きがいを高めるため、「QOLの向上」の地域貢献活動として理・美容界全体に普及し、その積極的な努力と貢献が業界に対する評価と信頼を醸成し、業界の活性化と発展につながるよう心から願っています。